お客様へご案内 西予苔園の現在の状況 2023.08.10更新

2022年9月8日公開

西予苔園の考える持続可能な苔栽培とは

自分の子供に胸を張ってちゃんと説明できるか。
それが私にとっての持続可能であるということ。

ストーリー
持続可能な苔栽培

苔ブーム

苔が密かなブームと言われはじめている。何十年も前から苔に携わる人からすると何度目のブームだろうかとなっているのかもしれないが、今再び苔や苔テラリウムが少し盛り上がってきているのは確かだ。

コロナの影響もあり観葉植物やインテリアグリーンの分野が非常に伸びているという。その中に苔テラリウムも含まれ苔テラリウムも盛り上がりつつある。

NHKの連続ドラマでもテラリウムを扱うストーリーのドラマが連続放映され、テラリウムや苔テラリウムが一般的に浸透のきっかけになっているのも大きい。

苔はどこから?

私もYouTubeなどで苔テラリウムの作り方の動画などを公開していたり、苔テラリウムの作品を委託販売先で販売させて頂いていて苔に興味を持った方とお話をする機会もある。

その際に「苔はどこから取ってくるの?」ということをよく質問される。

多くの方は山に生えている苔を採取してきていると思っているらしく「苔は自分で栽培しています」とお答えするとたいていびっくりされる。

YouTubeのコメントでも

「山から採取した苔を使っても大丈夫ですか?」
「山から採っても問題ないですか?」

という質問は多い。

一般的な認知でいうと苔は山から採ってくるものだという認識がなんとなく浸透しているのではと思う。

山採り問題

苔を使った何らかの作品を作りたいと思った時、山から自分が使う分だけを採取してくる人も実際は多いのではないだろうか。

自分で使う分だけの採取にとどまらず、近年インターネットで個人売買できるサービスで苔テラリウムでの使用を前提としているであろう多くの種類の苔が出品されている。このような販売目的による採取も増えてきているのではと思う。

個人売買アプリによるコウヤノマンネングサの出品情報。違法採取かどうかはさておき、山採り種であることには間違いなさそうだ。

個人がオークション形式で商品を販売できる老舗のサービス「ヤフオク!」では環境省のレッドリスト、レッドデータに登録されている動植物の出品を禁止するという発表がされた。環境省が発表している絶滅危惧種4000種の動物、植物などの出品は禁止になる。

このニュースはとても良いことだし、ヤフオク!に限らず他の様々な個人販売プラットフォームサービスもこの動きに続いて欲しいと願っているが、禁止されている環境省レッドデータリストに含まれていないながらも、貴重な苔やその他の動植物が今なお多く出品されているのが実情だ。

ヤフオク!では環境省レッドリストに限らず種の保存の危機につながるような動植物の出品も個別に対応するとしているが、現状でも苔だけで見てもたくさんの苔が山採りしてきたであろう状態で出品されているのが確認できる。


たとえば、私が栽培している苔で「コウヤノマンネングサ」「オオカサゴケ」などは、環境省のレッドリストには含まれていないが、「NPO法人野生生物調査協会」と「NPO法人Envision環境保全事務所」が運営している都道府県別で絶滅危惧種などの種を調査している「日本のレッドデータ検索システム」で見ると、複数の都道府県で絶滅危惧Ⅱ種、準絶滅危惧種などに相当する判定がされている。

出典「日本のレッドデータ検索システム」で見たコウヤノマンネングサのレッドデータ状況。

自治体が独自で運営しているレッドデータもある。

京都府のレッドデータでは、コウヤノマンネングサやオオカサゴケは準絶滅危惧種として認定されている。

環境省のリスト以外にも自治体やNPOなどが独自で運営しているレッドデータリストには、苔ブームで人気とされる苔たちの絶滅危惧リストが見受けられている。選定理由としては、自然環境の変化もあるが、園芸目的の採取が一番に挙げられている。

自然の搾取や切り売りで癒やされるのか?

それを欲しいと思う消費者側からすると、少しでも安いものを買いたいというのが消費者心理だ。人気の苔が個人売買アプリや、オークションサービス、個人販売オンラインストアのサービスなどで安価で売られていれば、そこから安いものを買おうという人もいるだろう。

ただし、それらの苔が美しい山の中の自生地から乱獲されたものであったなら、心からその苔を愛でることができるだろうか。

私も苔の栽培研究のために苔の自生地を訪れることが頻繁にある。そこでは明らかに人の手によってごっそりと乱獲されたであろう形跡を見ることがある。

明らかに人の手によって剥ぎ取られたシッポゴケのコロニー。このような破壊的な採取方法では苔の再生はかなり難しくなる。

乱獲された形跡というのはとても痛々しい。美しい自然の中で不自然に根こそぎもぎ取られたような暴力的な姿。苔の乱獲とはこのように自然の景色を踏みにじり、苔が何年もかけてゆっくりと成長してきたその美しい景観が一瞬にして破壊されてしまう。そして人の手ではもう二度と元に戻すことはできない。

あなたの手にしたその苔が、自然の景色を剥ぎ取ってきたような自然破壊によって流通されていたのならあなたは心からその苔を愛でることができるだろうか。

苔ブームその裏で、実は乱獲された苔の流通が苔ブームを下支えしていたのだとしたら何を喜んで楽しめば良いのだろう。

美しい苔を見つめる心の隅に、自然破壊の陰りを感じてしまうような気持ちにはなりはしないだろうか。そのとき、本当の心の安らぎや癒やしがその苔から得られるだろうか。

あなたの目の前にあるその美しい苔テラリウム作品に使われている苔が、違法に乱獲されたものだとしたら…。

日本全国で希少な動植物たち含め、苔も園芸目的で乱獲されその種が減少し問題になっているということがようやく少しずつ各方面から認識されはじめている。

苔農家の苔はどこから?

ところで、『苔の乱獲はよくないから正しく栽培された苔農家から苔を買おう』と言っている苔農家は、実際どこから元となる苔の種を入手しているのか。

苔農家の種苔も実は、基本的には山からの山採りが主流だ。

苔農家の場合は持山であったり採取の許可をもらっている山から採取したりと、違法な採取をしている苔農家は無いだろうが、山から採取した種ゴケに頼らざるを得ないというのは苔栽培の現状で、定期的に山から種ゴケを採取している苔農家が大半なのではないだろうか。

苔農家の中には、種ゴケすら栽培し山採りの種ゴケは一切無い苔栽培をしている苔農家も一部いるだろう。緑化資材として活用されるような苔は大量に栽培し大量に出荷される。その規模は個人の苔農家では想像できないほどの大量な出荷量だ。そんな大規模な苔栽培においては種ゴケを山から採取していては効率が悪く種ゴケ自体も栽培しないと栽培が間に合わないという話を聞いたことがある。

実際、苔を山採りするのは効率が悪い。栽培するための種ゴケであっても採取後にゴミの除去や種ゴケ処理のための処理も労力がかかり、種ゴケ用に栽培された種ゴケから栽培する方がはるかに扱いやすい。そのため、できれば種ゴケから栽培に取り組めれば良いのだが種ゴケすら栽培できるような苔農家というのは苔農家の中でも一握りだろう。

この話ような効率的に大規模な栽培に取り組んでいる苔生産者はごく一部で、西予苔園はというと私のような新規参入であればなおさらで、0から種ゴケを確保するところから取り組まなければいけない。

幸い私は持山があり自分の持山から種ゴケを採取してきている。

西予苔園の持山のハイゴケ。

西予苔園で栽培している苔の中で、自分の持山では採取できないコウヤノマンネングとやオオカサゴケだけは、最初に県内の自生地から採取した。

当時は何もわからず、恥ずかしながら未熟だったこともあり、コウヤノマンネングサとオオカサゴケを栽培したいうという思いだけで県内の自生地を探し、そこから最初の種ゴケとなるトレー数枚分にあたる量を山採りしてきた。

今思い返すと恥ずべきことだと自覚している。

その後はその種ゴケから少しずつ栽培量を増やし出荷分と種ゴケ用に確保する分とを管理して、少しずつ栽培の規模量を確保しながら栽培を続けていて、山採りは一切していない。

苔農家の山採りについて

ここで、多くの方がこう思われるだろう。「苔農家が苔を山採りしていいのか?」と。

当然、違法な山採りはダメだろう。持山からの採取や地権者に許可を得た山からの採取なら違法にはならないが、違法ではないからといっても自然環境保護の観点から良くないのでは?と思われる方もいるだろう。

私自身も現在も持山から苔を採取している訳だが、ゆくゆくは持山を苔の里のような山にしたいという夢があるので持山の苔の採取も最小限にとどめたいと考えている。もともと自生していた苔を最小限に採取し正しく栽培し苔を増殖させ、採取した以上に苔を山に戻すという考えの元で持山の苔の採取を行っている。

タイムラグはあるが結果的に自生している苔以上の苔を持山に戻し美しい里山にしたいと考えているので、そのタイムラグの間だけ少し山から拝借するというような感覚で採取している。

庭苔用のエゾスナゴケ。これらも持山から採取してきた種ゴケを活用して栽培しているが、ゆくゆくは持山に苔を還元していきたい。

少し言い訳じみた話になるが、苔農家の苔の山採りを語る上で少し苔農家の歴史に触れたい。

苔農家というのは古くは江戸時代の頃から存在していたようだ。江戸時代に造園の文化が広まり苔の栽培を専門に行う農家が存在した。その頃から苔は山採りされている歴史はある。

苔農家は経験上、苔は育つまでに何年もかかるということを理解していて自生する苔を採取する際に苔がまたすぐに再生されるような苔の採取方法というのを心得ている。苔の山採りは心得の無い人が心無く乱獲してしまうとそこの苔は再生不可能な状態になるが、苔農家はそうならないように、1年2年すると元の状態に戻るような苔の採り方を知っており山採りしてもまたすぐに元の状態に苔が再生される。そういった苔の採取方法を繰り返し上手に苔の栽培を続けてきた。

現在でも苔農家の多くは上手な苔の採取方法を心得ているので、山採りの苔をベースにした苔栽培の手法でも山の苔の種を減らすことなく現代にまで脈々と苔栽培の歴史を紡いできたという背景もある。

SDGs時代の苔栽培

しかし、現代はSDGs時代だ。脈々と続いてきたことも時代の価値観に合わせて改めて見直さなければいけないこともある。苔農家が山から苔を山採りして良いのか?というと。そこには様々な議論がある。議論があるというよりまだそこまで議論すらされていないというのが現状だ。

園芸目的による苔の採取により、各地の希少な苔が減っているという問題は起こっていて、一般的な苔の乱獲問題などはようやく最近になって問題が浮き彫りになってきたという状況。そこで苔農家としてどのような苔栽培を求められるのか。

一般の方が販売目的で観賞価値の高い苔を違法に乱獲し種を減らすというのは当然ダメなことであるが、苔栽培農家も今の時代に合った苔栽培のあり方が問われはじめてきているのではと感じている。

2022年8月5日に行われた日本蘚苔類学会では、記念イベントとして「持続可能な苔栽培に向けて」というトークイベントが開催された。

そこで私は苔農家として招待され末席ながら苔栽培についての取り組みについて話をするという機会を頂き、私の取り組みや苔栽培に対するスタンスを話させて頂いた。

日本蘚苔類学会では今までは分類学が中心で苔農家を招いて苔栽培の話題や苔の流通の話題ははじめてのことで、今回苔農家の話を聞くという事自体もはじめてのことだそうだ。

このように学術的な苔の学会の場でも苔栽培や苔を取り巻く自然環境などの話題が語られる様になったということは、学識者や苔研究の専門家の間でもそろそろ持続可能な苔のあるべき姿が問われるべきタイミングだという時代の流れになりつつある現れではないだろうか。

西予苔園の持続可能な苔栽培

西予苔園の苔栽培はまだまだ小さい規模だが、山採りの苔は持山の苔のみ。少なくとも違法な苔採取となるような種ゴケの確保は行っていない。そこには元々、2つの想いがある。

1つ目は「自然の景色は国民の財産」だということ。
2つ目は「自分の子供に胸を張って説明できる苔栽培」という2つの想いだ。

自然の景色は国民の財産

そもそも、なぜ自然の植物を勝手に採取してはいけないのか。このことについて色々と調べていた時期がある。その時に見つけた一文が自分の中で腹落ちした。その一文とは愛媛県の愛媛県野生動植物の多様性の保全に関する条例にある一文だ

美しい野生の草花は国民の財産です。その美しさを将来にわたって継承していけるよう、一人ひとりがモラルとマナーをもって、野生植物の保護を心がけましょう。

愛媛県 山野草の盗掘防止について

この条例のみならず、山野草の勝手な採取というのは自然公園法、種の保存法、文化財保護法、森林法、自然環境保全法など様々な法律で禁じられているのだが、この一文を読んで「名もなき景色や誰も見ていないような山奥の景観であっても、それは誰のものということではなく、日本国民の財産として大切にしなくてはいけない」と腹落ちした。

誰も見ていなかったとしても、小さく生えている小さな植物の一株であろうが、その景色を奪う権利は誰にもなく、奪ってはいけないものだ、と自然と思うようになった。この気持こそが自然を愛でるということなのだと考えるようになった。

私が元々苔栽培を目指そうと思ったきっかけは前回のストーリーで語ったことだが、持山の荒れた景色の中のホソバオキナゴケが仮にその時誰かに全て奪われていたとしたら、私に苔農家を目指すという選択肢は無かったかもしれない。

誰も立ち入らないような山の中の苔であっても、誰かにとっては人生を左右するほどのきっかけになるかもしれない。そのきっかけを奪う権利は誰にも無い。自然を愛でるということは単純にその景色を維持していくということだけでなく、本来あるべき様々なものの営みを尊重することでもあるということではないかと自分の人生を通じて実感することができた。

誰にも本来そこで全うされるはずだったあらゆる営みを奪う権利は無いのだと。

誰も立ち入らないような場所の小さな植物の1株でさえ、誰かにとっては大切な景観になる。誰のものでない景色でさえ日本国民の財産だ。

また、合わせて紹介したいのが農林水産省職員行動規範になっている「7つの行動指針」というもの。私は農林水産省の職員ではないがとても良い指針だと思い、たまに見返すようにしているので紹介しておきたい。

7つの問いかけ
~農林水産省職員行動規範~

つかんでいますか。(ニーズ、現状、本質…)
向き合っていますか。(問題、国民、自分…)
想像していますか。(影響、期待、未来…)
創造していますか。(自分の考え、提案、信頼…)
挑戦していますか。(前例、先入観、課題…)
変えていますか。(視点、行動、意識…)
愛していますか。(国民、日本、農林水産業…)

自分の子供に胸を張って説明できる苔栽培

私には現在7ヶ月の娘がいる。その娘が大きくなった時に自分の仕事を娘にきちんと説明できるかということを最近良く考えるようになった。子供ができた親なら一度は考えることはあるのではないだろうか。

子供が大きくなり物事の判断が付くようになったときに、自分の親が山から苔を乱獲していると知ったら、子供はどんな気持ちになるだろう。なんとなく後味の悪い言葉に表せない苦い思いを抱かせるのではないだろうか。

親がしているのであれば、貴重な動植物を乱獲しても良いと考えるような子になるかもしれない。

「立派な仕事をしている」と自分の子供に対してことさら誇りたい訳ではないが、自分の子供に曇った気持ちを抱かせるような仕事はしたくない。少なくとも一点の曇りもなく胸を張って説明できる仕事をしたいと思うし、そうやって頂いた報酬で慎ましくも心から笑顔になれる家庭にしていきたい。それが親としての純粋な気持ちだ。


これは余談だが、お客様から良く「苔愛を感じます」という感想を頂くことがある。私自身はただただ、お客様に喜んでいただける苔を届けたいという一心で毎日苔を栽培し、発送させて頂いているだけなのだが、こう言われるほど嬉しいことは無い。「愛」という言葉を聞くたびに、この話を思い浮かべる。

定義が難しい概念だが、このような気持ちが「愛」という概念なのでは無いだろうか。愛では無いのだとしても、人間が本来大切にしたいと思える純真な気持ちの源泉なのではないだろうかと。偉そうに人様に愛を語れるほどの人格者ではないが、おぼろげながらなんとなくそう思っている。


苔栽培についても子供が大きくなった時に子供にちゃんと説明できることをやる。シンプルなことだがそれが結局持続可能な取り組みにつながるのではないかと思っている。

そこでこのストーリーのメインビジュアルにつながる訳だが、このようなことを日本蘚苔類学会のトークイベントの私のパートの締めの言葉として話をさせて頂いた。

自分の娘に胸を張って説明できることをやる。それが西予苔園の持続可能な苔栽培だ。

他の苔の生産者の方々がどう思うかということや、世間的には苔の乱獲が問題になり始めたというようなことも考えなくてはいけないことではあるが、私にとっては「自分の子供に胸を張って説明できるか?」ということが最も大切なことだ。至極個人的な思いのみで苔栽培に取り組んでいる。それが私にとっての「持続可能な苔栽培」だ。

動画でも語った

最後に、日本蘚苔類学会に参加した際のまとめ的なことを YouTube 動画で公開させて頂いている。

持続可能な苔栽培の課題は生産者だけに背負わされるものでもないかと思っていて、消費者の方々がどのような苔を選ぶのかも大事なことだし、苔に関わる全ての人がそれぞれの立場で今後も継続的に考えていくべきことだと思っている。というようなことを恐縮ながら語らせて頂いたのでよければこちらも合わせて見て頂ければと思う。

語っている部分から動画を掲載するが、もしよければ最初から見ていただけると、日本蘚苔類学会に参加した全体の様子などもお伝えできると思う。

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