2022年9月18日公開
「栽培不可能な苔」と言われた苔の栽培に取り組む
前例や固定概念に縛られない苔栽培はとても楽しい
ストーリー
困難に挑む
オオカサゴケの栽培は不可能と言われた
ある日、お客様より電話でお問い合わせを頂いた。
オオカサゴケが欲しいのでとある老舗の苔農家に電話で問い合わせをしたところ、オオカサゴケは栽培不可能な苔だから欲しいなら山で探してくるしか無いと言われた。
あなたのところでは栽培に成功しているのですか?
その方は、とても好奇心旺盛な方で、その後も30分ほど電話でお話させて頂いた。とくに、オオカサゴケの自生環境について、
どのような場所に自生しているのか?
どの木の近くにあるのか?
明るさはどのような明るさのところか?
自生している環境の土壌の特徴は?
など、まさしく根掘り葉掘りという言葉が相応しいほどオオカサゴケの自生地について熱心に質問して頂いた。

冒頭に出てきた老舗の苔農家というのは、そのお客様と同じ県の苔農家で全国でも有名な苔農家だった。
私は、お客様のお話を聞いていて2点引っかかった。
- オオカサゴケが欲しかったら山で採ってくるしか無い
- オオカサゴケは栽培不可能
という2点。
苔農家が山採りを推奨するのか
1点目の「オオカサゴケが欲しかったら山で採ってくるしか無い」という点については、お客様が言われていたことなので実際にその苔農家がどのような真意で言われていたのかは定かではない。が、お客様に伝わってしまった意図としては「オオカサゴケが欲しかったら自分で山に入るしか無い」と、お客様はそのように理解し受け取られていて、オオカサゴケが自生していそうな場所を知っている人に聞き、その情報を元に自分で山に入ってオオカサゴケを採取しようとすらしていた訳だ。
お客様がお話されていた老舗の苔農家の発言は、オオカサゴケの山採りを推奨するような発言と取られてもおかしくないなと思い、同じ苔農家としてとても残念に思うとともに、栽培されたオオカサゴケも入手可能な点をお客様にお伝えできたことは良かったと胸をなでおろした。
オオカサゴケは栽培不可能と思われるほど栽培は難しいのか
2点目の「オオカサゴケは栽培不可能」という点。これが今回のストーリーの本題だ。
オオカサゴケはたしかに栽培する苔農家は今までいなかったのかもしれないが、私は現にオオカサゴケを栽培して出荷させて頂いているので、そのベテランの老舗苔農家の方が「オオカサゴケは栽培不可能」と言い切られていたことに対してシンプルに驚いた。
どう驚いたのかというと、プロの先輩苔農家が栽培不可能な苔と言い切るほど栽培が難しい苔を自分は栽培しているのか!と。そのとき改めて自分のやっていることに対して驚いたという感じだ。
どうだすごいだろ?と言いたい訳でもなければ、偉いだろと言いたい訳でもない。

ただ栽培しているだけ
苔栽培を開始した当初から当たり前のようにオオカサゴケを栽培苔の1種として普通に栽培に取り組んでいたので、そもそも私自身に栽培不可能な苔だという認識すら無く、そう考えられる苔農家さんもいるのだなという感じで驚いたという感じ。
私からすると全く先入観なく、ただシンプルにその苔を栽培したいという思いから栽培に取り組んだ苔の1種に過ぎない。

たしかに難しさはある
確かにオオカサゴケの栽培は非常に繊細だ。昨年もたった1日天気予報の読みを外してしまった。その1日のミスで綺麗に開いていたオオカサゴケたちの葉が茶色に焼け小さく縮れ、その後に水を与えても売り物にならない状態になり全滅した。
その後、それらのオオカサゴケをまた種ゴケに処理し蒔き直し今年はなんとか出荷を維持できているが、たった1日管理をミスるだけで全滅してしまう、というくらいには栽培の難しさはある。
そういった難しさはあるものの、それが苔栽培というものだろうという程度にしか考えていなかったので、オオカサゴケが栽培不可能な苔だとは自分自身でも思っていない。
ただ難しい。だがそれは苔栽培全般に言えることだという、私からするとその程度の話だ。
栽培ロンダリング
少し話がずれる。私は自分で苔を栽培しているので良くわかるのだが、その苔が0から栽培された苔なのか、それとも山から山採りしてきた苔なのかということが、栽培されているトレーの状態や苔の状態をパっと見ただけで判断できるようになった。
魚に詳しい人が、養殖モノか天然モノなのかがパっと見ただけでわかるような感覚に近い。
最近、どういう訳だか少し奇妙な栽培品種を見かけることがある。この話はオオカサゴケに限らず他の苔の種にも言えるのだが、栽培品種と称した山採りの苔が販売されていることがある。
どういうことが行われているのかというと、山から採ってきた苔を栽培したような状態で栽培用のトレーに入れて、あたかも0から栽培した苔かのように見せて販売する手法が出てきている。それも苔農家がそういうことをやっていたりする。アサリの産地ロンダリングみたいな話だ。
チート
私が苔栽培をしていて何が楽しいのかというと、自分の作った環境で苔が上手に育っていく姿をじっくり眺められるというのが何より一番楽しさを感じるところだ。

苔栽培だけでなく苔テラリウム作品などを作って苔が上手に育っていく様子を見る感覚と同じで、長い時間をかけて少しずつ苔が綺麗に育っていく姿を日々見守り、季節の変化とともに苔が見せてくれる変化と、苔が持つ時間を感じながら苔の世話ができるのが楽しいところ。
人によって何が楽しいのかというのは色々あるのだろうが、山採りの苔をそれっぽくトレーに入れて栽培種として販売して何が楽しいのかと、個人的には思うところだ。
そんなことをしていては、苔の栽培技術の向上もないだろうし、苔栽培という営み自体に内包された苔農家としての喜びや楽しさなど、真に経験することはできないだろう。
オオカサゴケに胞子が付いた
今年は苔を栽培していて驚いたことがある。オオカサゴケが胞子を付けたのだ。

コウヤノマンネングサが胞子を付けることはかなり稀だというのは苔好きの中では割と知られている話が、オオカサゴケが胞子をつけるのもなかなかに珍しい。
私は自生環境のオオカサゴケなどでも胞子を付けたオオカサゴケは今まで一度も見たことが無かった。
それが、自分が栽培しているオオカサゴケではじめて胞子を見ることができた。今まで苔栽培をしていて一番びっくりしたことだ。
なぜ胞子を付けたのか、どのような環境因子が影響したのかは私にも全くわからないが、とにかく栽培しているオオカサゴケのトレーから胞子を付けたのがでてきた。それも3箇所ほど。
ほかにも胞子っぽい柄を伸ばすところは他にも何本か確認できたが、胞子嚢を立派に携えた胞子は3つ確認できたのだ。
こういう新たな発見をする瞬間というのは、苔栽培をしていて一番楽しい瞬間だ。
困難を困難と思わない強さ
少し話が逸れたが、私は全くの未経験から全くの異業種から苔栽培に着手した。そしてまだまだ未熟な苔農家だ。
ゆえに今までの常識や通例、栽培経営効率などに全く囚われの無い状態で栽培できているとも言える。いわば赤子のような無垢な状態で苔栽培と向き合っている。だからこそオオカサゴケの栽培などに着手できてしまったのかもしれない。

私自身、オオカサゴケの栽培に関して前提情報が全くないので、栽培する前からその困難さなども、幸か不幸か知らないまま栽培している。
まだまだ苔栽培の規模は小さく、日本全国にいる先輩苔農家の方々と比べると吹いたら飛ぶくらいの規模の苔農家だが、他の苔栽培農家と比べて強みがあるとするなら、この先入観の無さがゆえの「なんでもやってみる」という姿勢かもしれない。

「困難に挑む」というタイトルのストーリーだが、私自身は困難だと感じることもなければ、挑んでいるという思いもなく、ただただ栽培したい苔を栽培しているだけだという話で、「なんでもやってみる」というタイトルの方が適切かもしれないと今さらながら思いながら、今後も今までの通説や常識じみたことなどもガン無視して、やりたいように苔を栽培していくのだろう。
そのような姿勢で苔栽培を続けていると、いずれはコウヤノマンネングサの蒴も見られる日が来るかもしれない。