所属している日本蘚苔類学会の第51回島根県江津大会が8月6日に開催されました。大会はコロナの影響もありオンラインが主体となった大会となったのですが、前日の8月5日に開催されましたスペシャルトークイベント「持続可能な苔栽培に向けて」というトークイベントのみ、現地開催されることとなり、そのイベントに生産者として西予苔園こけみざわが末席にご招待頂くこととなりました。
トークイベントから翌日の本大会の様子まで、私の視点で時系列にレポートしたいと思います。
愛媛県西予市から江津市へ移動
まずは、4日の18時頃、愛媛県西予市野村町から江津市へ移動。
到着したのが夜中の1時頃でした。その日は道の駅サンピコごうつにて車で車中泊。
翌日朝起きてから朝ごはんなど食べつつ、少し周囲を散策。海岸線と風車が綺麗でした。
その後、車の中でトークイベントのスライドのリハーサルをやりながら集合時間の12時に江津市役所に入りました。
苔栽培圃場の見学へ
市役所の方々の粋な計らいにより、江津市が連携して苔栽培に取り組んでいる苔農家さんの栽培圃場の見学に行かせて頂きました。
その圃場見学には、トークイベントの司会を務める藤井久子さんや、トークイベントでご一緒となる香川大学の小宅由似助教授、広島大学名誉教授の関先生、広島県緑化センターの山根所長、広島大学技術センターの内田先生などなど、そうそうたるメンバーとご一緒に圃場見学させて頂きました。
栽培圃場見学では、皆様色々なご質問を生産者の方に質問されていて、そのやりとりを聞いているだけでかなり勉強になりました。
見学させて頂いた圃場は主にハイゴケの栽培をされている圃場でしたが、苔農家としては、見るものすべてが勉強となり、防草シートを留めているピン1本から、遮光シートの留め方、周りの環境、使っている用土など全てが勉強になりました。
苔栽培も、同じ苔の種類でも土地が変われば栽培のやり方も違ってきますし、人によっても細かい工夫の仕方など全く違うので「こういうやり方があるのか!」という驚きや発見が多かったです。
何より、私は他の苔農家さんの圃場を見る機会も実は初めての体験。トークインベントの出席者ということで、幸いにもこんな貴重な機会を頂けるなんて。この圃場見学だけでも来させて頂いてよかったです。
トークイベント
当日は、私の他に苔の生産者として、城東社中の白石代表、江津市の苔プロジェクト52 KOKE PROJECT苔生産者の会代表でもり、苔販売を手掛ける石州這苔屋の代表梶見聡社長、そして西予苔園こけみざわ。
合わせて、環境生態学や緑化の生態学の研究をされている香川大学の小宅由似助教授の4名でのトークイベント。
司会は藤井久子さん。途中で藤井さんならではの見解や解説などの合いの手が入りつつ、藤井さんの仕切りでテンポ良くトークイベントは進みました。
テーマは「持続可能な苔の栽培に向けて」というテーマで、苔生産者3名の苔の生産の状況や課題、問題点などの発表があり、最後に小宅助教授から緑化の観点からどのような点に気をつけて緑化をしてくのか、その中で苔がどういう役割を果たしているのか、生態系に配慮した栽培とはどのようなことに気をつけるべきなのか?といったお話をして頂きました。
現状、苔栽培については山からの種ゴケの採取に頼らざるを得ないという課題があり、その課題について生態学的にはどのような問題が起こり得るのか、どのような点に注意して苔栽培をしていけば良いのか?小宅助教授の学術研究ベースでの見解を頂き、苔栽培農家として考えていくべき点が示唆されたとても有意義なトークイベントとなったのではと思います。
生態系保護の観点
私自身、とても目からウロコだったのは「同じ種でも地域によってDNAが違うので、同じ種でも地域が違えばそれは『逸出』となる」というお話。
イタドリという植物は同じイタドリという種でも地域によって肌にトゲが付いたりつかなかったりと地域によって微妙な差があるといいます。それはその地域に適用しようとして遺伝子が違ってきて同じ種でも地域差が出てくる。同じ種でも地域が変わるとそれは外来種が他の生態系を侵略するような「逸出」となりえるというお話がとても興味深かったです。
これは、たとえば他の地域でコウヤノマンネングサを買ってくるなどして違う地域で育てようとしてもうまく行かないという話を良く聞くのですが、地域によって違う遺伝子を持ったコウヤノマンネングサを違う地域に持っていってもすぐに適用しないというような遺伝子レベルのメカニズムがあるからなのかな?とふと思いました。
苔生産と苔施工技術について
そして、会場から関先生から出たご意見として「生産者さんは苔を生産して売るだけじゃなく、施工された後のことも考えて栽培技術を確立してもらいたい、施工技術そのものにも目を向けて生産してもらいたい」ということをおっしゃられていて、まさにそうだよなと感じたご意見でした。
私も自分の自宅の庭で庭苔の管理を実際にやりつつ、また苔テラリウムの作家として作品作りをして、苔を栽培して販売した後もどうすれば苔が上手に育つのか?を自分で勉強しながら苔栽培をしているので、関先生のご意見には強く共感しました。
今後の苔農家は苔が使われるシチュエーションごとにしっかり育成までサポートできるよう苔の生態についいてしっかり勉強して、お客様に還元できるような苔育成のノウハウが求められるんだなと感じています。庭苔にしても、苔テラリウムにしても、販売して終わりという時代ではなくなって来ているんですよね。販売してからが大事、販売してからがスタートでその後の育成がどうなるのか?の方が大切なわけです。
苔の山採り問題
苔農家としては、種ゴケを少なからず山から採取して来なければ苔栽培がそもそもできないわけですから、苔農家も苔採取問題という課題を今後どうするか考えさせられる良い機会になったのではと思います。
西予苔園では現状、持山からの種ゴケの採取しかしていません。その種ゴケの採取も、基本的には採取し後に栽培を通じて増殖し、その中からまた種ゴケを確保しつつ、持山の種ゴケではありますが採取する苔は最小限に留めるよう努力しています。
ゆくゆくは栽培の種ゴケすらも栽培できるような規模にしたいと思っていますが、そうできるようになるにはかなりの時間がかかるかと思います。
また、コウヤノマンネングサとオオカサゴケについては、最初の種ゴケは自生地から採取してきたのも事実です。1回採取してきたのですがその当時は山採りの問題なども何も知らず採取してきました。その後色々と苔のことを勉強していく中で山採りの苔は良くないということを知り、コウヤノマンネングサとオオカサゴケに関してはその後全く山採りの苔は使わず、栽培から増やした苔のみで栽培規模を少しずつ広げていっています。
私個人の立場の意見をYouTubeで語りました
当日は時間の都合もあり、トークイベント内で個人的な意見をゆっくり述べるという時間がなかったので、YouTubeの動画で私の感想などを述べさせて頂きました。もし時間がある方はぜひ動画の方もご覧下さい。動画では出発から圃場見学の様子、苔の景勝地の視察の様子なども収めています。
2日目、日本蘚苔類学会大会当日
2日目の8月6日。この日は9時から本大会の口頭発表会がスタート。しかし私は午前中、実は席を外しておりました。この日に帰るということもあり本来なら7日に予定されていた苔の景勝地をめぐるエクスカーションの予定地の観音滝というところに案内して頂いておりました。
川村さんのコケランド
その前に、江津で苔農家をされている河村さんが手がけられている、有福温泉にある「コケランド」にお邪魔させて頂きました。
コケランドは、山からの水が流れる小川が走る杉林の中に、20種類以上の苔を敷き詰めた苔の癒やし空間。私の夢である「持山を苔の里にしたい」という野望がそのまま形になったかのような素敵な苔空間でした。
しかも、かなりの短期間でこの空間を一気に仕上げられたとのことでさらにびっくり。シノブゴケを中心に様々な苔が敷き詰められており、中にはオオカサゴケやオオミズゴケなどの希少種も見られます。
他の場所で苔栽培も手がけられている河村さんとのお話は尽きず、もっとお話したかったのですが、次の場所に移動することに。お邪魔させて頂いた河村さん、本当に良いものを見させて頂きました。ありがとうございました。
エクスカーション予定地の観音滝
そして、そこから車で走ること40分ほど。観察会予定地だった観音滝に到着。観音滝の苔観察を楽しむための「江津コケツアーガイドブック」も頂き、いざ苔観察に。
寄り道せずに歩けば5分ほどで滝に行ける遊歩道の中には数え切れないほどの種類の苔が自生しています。キヨスミイトゴケは珍しい!いきなり出迎えてくれました。
ガイドブック片手にそこに掲載されている苔のおおよその位置が地図に示されているので、その苔を発見しながら進む楽しさ!苔観察会みたいなものに参加したことがなかった私ですが、こんなに苔観察が楽しいものなのか!と新たな体験でした。(私も地元で主催してみたい…。)
観察していて唯一見つけるのが難しかったのが、オオバチョウチンゴケ。地図に示されているおおよその場所を探してみても全然見つけられず…。他の場所もくまなく探していると、あった!こんな場所に!というところに潜んでいました。
オオバチョウチンゴケ自体は、あるところにはある苔でそこまで珍しい種ではないのですが、見つからないとなると必死になって探してしまい、見つけたときの喜びは45歳のおっさんでも子供のように楽しい体験となりました。
私がなかなか見つけられなくてついに発見!と喜んでオオバチョウチンゴケと思っていた苔ですが、別日で観音滝に行かれた藤井さんの観察と調査により「ニセヤハズゴケ、ヤハズゴケでは?」とご指摘されていました。
今日はコケの日なのですね。
— 藤井久子|HISAKO FUJII 新刊『コケ見っけ! 日本全国もふもふコケめぐり』 (@bird0707) August 10, 2022
先日tweetした観音滝のコケ、平凡社の図鑑で調べてみると、どうも「ニセヤハズゴケ」か「ヤハズゴケ」のようです(いずれも関西以西)。透明な美しいポチポチは何だろうと気になっていたのですが、杯状をした雌包膜とのこと。眺めているだけで暑さを忘れます😊 pic.twitter.com/6S7HacDHBG
藤井さんは別行動で観音滝に行ったので、ご一緒だったらその場でご指摘頂き楽しめただろうなぁと思いつつ、私は良く苔を間違えるので苔観察なども数をこなして苔を見る目をもっと養いたいなと思いました。
ポスター発表を視聴
一人で観音滝をご案内ただいて苔観察を楽しんだ後は、江津市役所に戻り、午後からのポスター発表にオンラインで視聴することに。
5分の持ち時間で様々な方の苔に関連する研究発表を見ることができました。苔を学術レベルで研究されている内容を生で見るのははじめてで、DNAレベルで苔を調査して分類される内容などに圧倒されました。中には高校生の発表もありましたが研究の中身がしっかり専門的な内容で、はじめて学会に参加した私にもわかりやすかったです。
中でも私が一番目を引いた内容は、苔農家でもあり苔作家でもあり、商業よりな内容でもあった茨城県自然博物館、鵜沢美穂子さんの「コケ植物をテーマにした企画展のアンケートからみる来館者の意識変化」という内容。
コケティッシュワールドという企画展を2013年と2022年に開催された際の来場者の方のアンケートを分析し苔に対するイメージや苔ブームと言われてきた昨今の現象を、企画展の来場者のアンケート結果から定量的に分析するという内容でした。
こういった苔に対する印象を分析した調査というのは他に見られない内容だったので興味津々。
ブレイクアウトルームという分科会のような形式でさらに色々質問もできるとあって、鵜沢さんのルームに入ってみて、他の方からの質問を食い入るように聞かせて頂きました。
そして帰路へ
江津市役所の方々にも初日から最後まで色々とお世話になりました。江津市が生産者と市が連携してどのように苔栽培に取り組んでいるのか?といった具体的なお話なども移動中に聞かせて頂いたりして、これらのお話も今後の西予苔園の活動に活かせる内容ばかりで参考になりました。
という感じで16:30には私は帰路に着くことに。
今後、西予苔園も苔栽培という産業を地域に根付いた産業として拡大していきたいと思っています。自治体との連携なども少しずつですが形にしていきたいと思いながら帰りの車で色々妄想しながら帰りました。
帰った翌日、朝一番に圃場チェックに。2日ぶりに訪れた苔栽培圃場はいつもの通り苔たちも元気で安心しました。学会に参加させて頂いた後に見た苔は今までとはまた違った見え方がしたような気がします。
学会での研究発表の皆様の学術的なアプローチのように、少し洞察力が付いたのかな?なんて思いながら、これからも私なりに色々工夫しながら苔栽培を続けていこうと思った朝でした。
そこで、改めて学会に参加させて頂いたまとめを動画で撮影して色々とお話させて頂きました。
もしよろしければYouTube動画でもチェックして頂ければ嬉しいです。
来年の蘚苔類学会は山形で開催されるとのこと。次回はリアル開催が実現されるといいなと思います。山形で開催されるなら私が所属している日本苔技術協会にも寄れるかもしれません。まだ新潟には行ったことが無いので来年どうなっているか楽しみです。
最後になりましたが、トークイベントの企画運営に携わって頂いた方々、江津市役所の皆様、トークイベント当日の司会進行役の藤井さん、コーディネーターの小野山さんなどなど、お世話になりました皆様、大変ありがとうございました。皆様のおかげで今回貴重な機会を頂くことができましたことお礼申し上げます。
YouTubeでも動画でレポートしています
初日の車移動から、苔圃場視察、コケランドや観音滝の様子、最後に私の所感などを述べさせて頂いていますので、少し長くなりますが動画でもチェックして頂ければ現地の雰囲気などが伝わるかと思います。